東京高等裁判所 昭和43年(ネ)923号 判決 1973年9月27日
控訴人 須藤フサ
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 宇津泰視
同 田中富雄
被控訴人 久保田一郎
右訴訟代理人弁護士 石川功
被控訴人(脱退) 久保田ミネこと久保田ミ子
<ほか四名>
主文
原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。
被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人ら代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は左に付加するほかは原判決事実摘示第一のとおりであるから、これを引用する。
一、被控訴代理人の主張
(一) 原判決末尾添付第一物件目録記載の建物および同第二物件目録記載の土地(以下本件土地、建物という)が控訴人フサ(以下フサという)の所有であるとの控訴人らの主張は否認する。控訴人らは第一審において、本件土地建物が須藤梅吉(以下梅吉という)の所有であったことを認めていたのであるから、右主張は自白の撤回にあたり、異議がある。
(二) かりに本件土地・建物がフサの所有だとしても、その旨の登記を了していないから、第三者である被控訴人に対抗できない。
(三) 供託の事実は認めるが、その効果および譲渡担保、権利濫用などの後記控訴人らの主張はすべて争う。
(四) 本件土地・建物は被控訴人先代平蔵(以下平蔵という)が昭和三四年一二月三日金二六〇万円で梅吉から買いうけたもので、その代金は梅吉の生活費や訴訟費用など必要の都度平蔵から梅吉に渡していたが、昭和四四年七月二八日梅吉が死亡したので、同年八月末日残金三一万円を梅吉の遺言執行者である石川功弁護士に交付し全額支払いずみである。
(五) 昭和四四年七月二八日平蔵の死亡により被控訴人一郎ほか五名が共同相続人となったが、同年一二月二日共同相続人間で遺産分割の協議がととのい本件家屋は被控訴人一郎が取得することになり、同日相続登記を了し、その他の共同相続人らは昭和四七年三月二三日控訴人らの同意を得て本件訴訟から脱退した。
二、控訴人ら代理人の主張
(一) 本件土地、建物の所有権者は控訴人フサである。すなわち、本件土地、建物は昭和八年一月六日右フサが訴外明和不動産株式会社から代金四、〇〇〇円で購入したものである。当時フサは肉の小売商を夫である梅吉は外に出て豚の仲買商をそれぞれ独立して営んでいたが、梅吉はその収入をすべて遊興費に浪費し、果てはフサの店の売上金まで持出す有様であったので、フサは一人で金四、〇〇〇円の購入資金を調達して本件土地、建物を買い受けた。ただ便宜上夫である梅吉の所有名義に登記していたにすぎない。したがって、かりに梅吉と平蔵間に本件土地、建物の売買契約が締結されたとしても、それについてフサは承諾を与えていないから、その所有権が被控訴人に移転するはずがない。なお、控訴人らは本件土地、建物は梅吉の所有であるという被控訴人の主張事実をはじめ認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基いてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。
(二) かりにそうでないとしても本件土地、建物について平蔵に対し所有権移転がなされたのは、梅吉の平蔵に対する借受金債務を担保する目的でなされた譲渡担保契約に基づくものである。
すなわち、平蔵は梅吉に対し昭和三四年一二月一日ころ金二六〇万円を弁済期および利息の定めなく貸付ける約束をし、本件建物を金二〇万円、本件土地を金二四〇万円と評価し、右土地、建物を譲渡担保とすることにした。しかし金員の現実の貸渡しは梅吉の生活費として数次にわたり行なわれ、昭和三八年一月一〇日当時金一三〇万円にのぼり、右時期に梅吉は借用証(甲第七号証)を平蔵に差入れたが、その趣旨は右時期における金一三〇万円の債務を承認し、前記譲渡担保の趣旨を明らかにしたものである。その後昭和四三年八月三一日までには金二六〇万円に達したが、右譲渡担保はいわゆる清算型のものであって、被担保債務については弁済期、利息の定めはなく年一割の割合による損害金の約定がなされたものである。そこで梅吉死亡後その共同相続人の一人である長男基志は右債務につき昭和四七年四月四日金二六〇万円をまた、同年九月二六日本訴提起の日である昭和三八年一二月一九日から右同四七年四月四日まで右元金に対する年五分の割合による損害金、さらに同四八年一月三〇日右元金に対する右と同一期間の年五分の割合による損害金合計金二一五万六、〇一〇円をそれぞれ被控訴人に対して弁済供託した。
そうすると本件土地、建物は梅吉の相続人である長男基志が適法に受戻したことになるから、被控訴人の請求は、その根拠を欠き失当である。
(三) かりに以上の主張が認められないとしても本件建物は訴外株式会社旭屋肉店が昭和二八年四月一日設立以来、梅吉から賃料月額金一万円で賃借し、店舗および従業員らの宿舎として使用中のもので、控訴人らはいずれも右会社の従業員または手伝人の一員として右建物を使用しているのであるから、右会社の占有権原を援用する。
(四) 以上の主張がすべて理由がないとしても、被控訴人の本件建物の明渡の請求は権利濫用として許されない。すなわち、被控訴人は本件建物の明渡しを求める生活上の必要性は少しもないのに反し本件建物には控訴人フサが居住しているだけでなく、旭屋肉店が現実に営業場所として占有し、右営業の利益によりフサほか多くの家族が生活を維持している。現在同人らは本件建物を離れて他の場所で営業や生活を続けることは著しく困難であり、経済的にもばく大な損失を免れず、控訴人らに現在その資力もない。したがって控訴人らにとって本件建物を明渡すことは文字通り死活問題を意味する。
かかる明渡請求は信義則に違反し、権利の濫用として許されない。
(五) 平蔵が死亡し、共同相続人の一人である被控訴人一郎が本件物件についてその旨の登記を了していることは認める。
三、証拠≪省略≫
理由
本件建物について登記簿上梅吉から平蔵に対し横浜地方法務局大磯出張所昭和三四年七月七日受付第四六一三号をもって同年七月六日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、ついで同出張所同年一二月四日受付第八、二三七号をもって同年一二月三日売買を原因とする、右仮登記に基づく所有権移転の本登記がなされていること、梅吉、平蔵とも死亡し、被控訴人および脱退被控訴人らが平蔵の、共同相続人であり、平蔵の遺産分割の結果被控訴人一郎が本件建物(本件土地を含む)を相続することとされたことについては当事者間に争いがなく控訴人フサおよび長男基志が梅吉の相続人となったことは弁論の全趣旨により明らかである。
一、控訴人らは、本件建物とその敷地(本件土地)は梅吉の所有ではなく控訴人フサの所有であると主張する(被控訴人は、控訴人らは原審において本件土地、建物が梅吉の所有であったとの被控訴人の主張事実を認めており、本主張は自白の撤回であるから異議があると述べているが、右事実は本件では間接事実に過ぎないから自白の撤回は許される)ので、まずこの点について判断する。
≪証拠省略≫中には大正一〇年フサは梅吉と結婚し、同一三年ころから梅吉は豚の仲買業を、フサは食肉販売業を、それぞれ別々に営んでいたところ、フサが営業していた店(借家)の敷地が道路敷として買収されることになったので、昭和八年ころ叔父の神保鶴吉の世話で抵当流れの本件土地、建物を金四、〇〇〇円で買うことになり、その代金は、銀行から金一、〇〇〇円、梅吉の母から金八五〇円(七〇〇円ともいう)フサが掛けていた無尽から金一、〇〇〇円その他子供(控訴人ら)名義の予貯金、仕入代金など金一、〇〇〇円(一、七〇〇円ともいう)などを工面して支払ったものであって、ただ登記名義だけは世間態を考えて夫である梅吉名義にしたにすぎないから、フサの所有である旨の供述部分があるが、右本人の供述にもあるように当時フサは六人目の子が出産したころであり、梅吉の浮気は依然として続き、金銭的に家計を助けることもなく夫婦仲は険悪になっていたというのであるから、むしろ世間態はどうあれ、フサの自己名義に登記しておくのが自然であるのみならず、右供述によって認められるように、昭和三〇年ころから梅吉とフサの夫婦仲がますます悪化し、同三四年三月ころ梅吉は家出し、フサから梅吉に対し離婚請求訴訟の提起や禁治産宣告の申立などがなされたほどであるから、おそくともこの時機ころまでに、本件土地、建物がフサの所有であることをなんらかの方法によって確保しておくのが当然であると思われるのに、なんらその対策を講じた形跡もうかがわれないし、また控訴人らは第一審においては、これが梅吉の所有であることを認めておりながら、当審において始めて右のような主張をなしたことなどの事情や、前記フサ本人の供述によると本件物件が久保田名義になっていることをフサが梅吉に問詰した際、梅吉は「あれは便宜上久保田名義にしているが俺のものだ」といったのに対し「どうしてそんなことをしたのか」と反問しているに止まっていることも認められるのでこれらの事情に徴しても、本件土地、建物がフサの所有であるとの前記フサ本人の供述部分は措信できず、その他≪証拠省略≫はいずれもフサからの伝聞かまたは単なる憶測に止るものであって採用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない(≪証拠判断省略≫)から、控訴人らの右主張は理由がない。
二、本件土地、建物についての各登記が梅吉と平蔵間の通謀虚偽表示によるものであるという控訴人らの主張はこれを認めることができない。その理由は、この点に関する原判決理由の判示原判決一六枚目表五行目から一八枚目表四行目まで(但し一七枚目表四行に「荷担」とあるを「加担」と、「批難」とあるを「非難」と、また一八枚目表四行目の「足りる証拠はなく」とあるのを「足りる証拠はない」と訂正する)と同一であるからここにこれを引用する。
≪証拠判断省略≫
三、本件物件についての各登記は譲渡担保としてなされたものであるところ、被担保債権は弁済供託によって消滅したから、右登記は抹消さるべく被控訴人の所有権に基く請求は失当であるとの控訴人の主張について。
被控訴人は、右主張は時機に遅れた攻撃防禦方法である旨主張するが、右の点を審理することによって訴訟の完結を著しく遅延さすものとは認められないから右申立を却下することとし、以下控訴人の右主張について判断する。
(1) ≪証拠省略≫によって真正に成立したものと認められる甲第七号証(借用書)によれば、梅吉は平蔵宛に昭和三八年一月一〇日付で、「金一三〇万円也、右金額借用致しました事実証也、金利は年一割とする事。返済は昭和三七年(三八年の誤記と認められる)一二月末日とする事。右之通り金額に対し左之通り担保として念の為一冊差入れ置きます。土地一二一坪。家屋店舗附二階立一棟物置二階附き一棟湯殿附き炊事場一棟其の外鶏舎附物置き附きとする。」
旨の書面を差入れていること。
(2) 右書面について証人久保田ミ子は、原審において「右書面は梅吉が日附のころ書いて持ってきたもので、私が受取り、平蔵には見せていない。梅吉は、二六〇万円で本件物件を売ったが金がだんだんなくなってきて心配になってきた、土地の値段も上ってきたので自分で売れるものなら売りたい、といってきた。その時右書面をもってきたもので、私は今のところはなかなか売れないだろうが、売れるものなら買手をみつけなさい、といってこれをあづかった。買手がみつかったら売らしてやり梅吉を助けてやろうという気持であった。一三〇万円と書いてあるのは、昭和三七年一二月までに梅吉に対し一三〇万円の金を出しているということである」
旨供述し、
当審において同証人は「平蔵の方としては本件物件を買ってどうするというつもりはなく、梅吉が生活に困っているというものだから買ってやったわけである、そんなわけだから、本件物件の明渡しや家賃の支払の請求もしなかった。梅吉の使った金を返してさえくれれば物件は返してやるつもりでいた、しかし現在の気持は当時とは違う、私も子供達も他に売却して金儲けしたいと思っている。」旨供述していること。
(3) 原審における原告本人久保田平蔵の供述によると、
「梅吉が竹繩の土地を売った金の手持がなくなったので本件物件を担保に入れて金を借りようとして代書のところに相談に行ったところ、久保田に売った方がよいといわれたといってきたので、この登記をすることにした。
私は別に欲しいとも思っていなかったので値段をつけなかったが石川弁護士が仲に入って二六〇万円でどうかといわれたので承知した。その代金は私が前に貸した一〇万円を引いた残りの二五〇万円を、梅吉が一ぺんにはいらない、生活費や裁判の費用など必要な都度支払ってくれというので、梅吉から請求のあり次第支払うことにした。生活費は月三万円で昭和三九年六月まで渡した。梅吉に頼まれれば本件物件を戻してやる気持はあるが、フサや子供たちからでは、財産をだましとったといわれたり、家内が梅吉の見舞にゆくと廊下からつき落されたりしたので戻してやらない。」
旨述べていること。
(4) 原審における証人須藤梅吉の供述によると
「久保田がその訴を起すことについて証人は異議がなかったのですか」との問いに対して「金を返さなければならないのでしょうがないでしょう」と、また「証人は久保田から金を借りたのですか、それとも久保田に土地や家を売ったのですか」との問いに対して「両方です。借りたから取られ売ってしまったのです」と答え、甲第七号証の借用証については「借りたから入れたんでしょう」と述べていること。
(5) ≪証拠省略≫によれば、横浜地方裁判所小田原支部昭和三四年(タ)第八号、同三五年(タ)第一号事件において、梅吉は本人として、自己の訴訟代理人石川弁護士の「その他に貴方は財産があるのか」との問いに対し「大磯の家四〇坪位と敷地一二一坪位のものです」と、また相手方代理人の「大磯の家、屋敷は現在どうなっているか」の問いに対し「名義書換になり担保に入っているということです」と、述べ、また≪証拠省略≫によれば、同事件において梅吉は裁判官の問いに対し「価額は判りません。あの不動産を担保にして金をすこしずつ受け取っているような形になっているのです」とそれぞれ述べていること、
(6) ≪証拠省略≫によれば本件物件について売買登記がなされた後税務署の調査をうけ、その価格が税務署の評価より安すぎたので一部贈与と認定され、譲渡所得税と贈与税が併課されたというのであるから、当時既に本件物件の価格と代金二六〇万円とは相当均衡を欠いていたものと認められること、
以上挙示の各証拠と本件口頭弁論の全趣旨により明かな平蔵と梅吉が姻戚関係にあり、本件契約の動機は梅吉が家庭不和のため家出した関係からこれを助けるためになされたものであり、代金の支払いは、梅吉の生計費として毎月三万円宛その他訴訟費用等必要の都度支払うという形で長期にわたりなされていることなどの事実をあわせ考えると、本件土地、建物については平蔵が梅吉に貸し渡した金員についてこれを担保する目的で売買という形式がとられたもので、右貸金の返済を完全にうけられないときは、平蔵において本件物件を換価処分し、これによって得た金員から貸金優先弁済をうけ、余剰金があればこれを梅吉に返還する趣旨のいわゆる譲渡担保であったと認めることができる。
これに反し単純な売買であるという≪証拠省略≫は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
四、前項において判示したように本件物件の売買契約はいわゆる処分清算型の担保の趣旨でなされたものであると解すべきところ、控訴人らは被担保債権である金二六〇万円は弁済供託によって消滅したと主張するので、この点につき判断する。
1、梅吉の共同相続人の一人で長男である基志が控訴人ら主張の日時に、その主張の如く元金二六〇万円と本訴提起の日である昭和三八年一二月一九日から昭和四七年四月四日までの期間年一割の割合による損害金として金二一五万六、〇一〇円を供託したことは当事者間に争いがない。
しかし≪証拠省略≫によれば昭和三七年一二月末までに借受けた金一三〇万円について梅吉は金利を年一割とする旨承諾していたものと解せられ、さらに≪証拠省略≫によると昭和三八年一二月末日までに金六〇万円が梅吉に交付されていることが認められるから、控訴人らの主張する右弁済供託金額では、少くとも金二六〇万円のうち金一三〇万円については昭和三八年一月一日から、金六〇万円のうち幾何かその額は確定しがたいが右同日から同年末ころまでの間の年一割の割合による利息金または損害金については未払の状態であり、控訴人ら主張の金額のみでは未だ元利金などの清算が完全になされたものとは認めがたいから、弁済供託によって被担保債権が消滅した旨の控訴人らの主張は採用しえない。
五、次に本件家屋の明渡請求が権利の濫用であるの主張について判断する。
控訴人らが本件建物を占有していることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件建物には梅吉の共同相続人である控訴人フサおよびその子である慎子、同静子が住居の用に供しているほか、フサの主宰する株式会社旭屋肉店がその営業のために使用し、その余の控訴人らはフサの親族でその従業員としての占有関係にあって、控訴人らは右旭屋肉店からの収益によって生計を維持しているものであることが認められる。
ところで、前記被担保債権は未だ完済されていないのであるからその右未払金の支払いをうけるために本件建物を売却処分し、その代金のなかから、右未払金の優先弁済をうけうる地位にある被控訴人は、売却処分の前提として控訴人らに対し本件建物の明渡を求めうるがごとくである。
しかしながら被控訴人が本件建物について所有権を有するとはいうもののそれはあくまで貸金債権の担保としての目的以上にでるものではなく、それを換金して自己の債権の弁済に優先的に充当しうるというにすぎないものであることは、前説示のとおりであるから本件の場合前示の如く控訴人ら(正確には基志)の弁済供託金は不足であるとはいえ、その不足額はさして多額ではなく(残元金に対する利息のみ概算すれば約二〇万円位にすぎない)本件物件(弁論の全趣旨によれば、本件土地の現在の価格は坪当り約二〇万円であることが認められる)を控訴人らが占有居住する状態において処分しても、じゅう分その代金をもって残債権の弁済にあててなお余りあるものと推認するに難くない。
そうだとすると、右のような場合被控訴人は控訴人らに対し、本件建物の明渡しを求めることは、本件物件の売却処分を前提とするためのものにすぎないのに反し、控訴人らにとっては、売却代金のなかから余剰金の返還をうけうるとはいうものの、永年にわたり営業ならびに生活の基盤としていた場所から追われる結果になることは明らかであるから、被控訴人の右のごとき請求は、控訴人らに対してはその不利益著しく、被控訴人にとってはその益僅少であって、かかる請求は権利の適正な行使の範囲を逸脱し、権利濫用とも目すべきものとして許されないと解するのが相当である。よって被控訴人の本件建物の明渡しを求める請求は失当として認容できない。
六、そこで、被控訴人の本件建物に対する賃料相当額の請求について判断する。
被控訴人の主張する本件建物についての所有権が前判示のごとく梅吉に対する貸金担保の目的をもってなされたものにすぎないものである以上、右貸付金と利息または損害金の支払いをうけることによって被控訴人の債権は満足しうる筋合であるから、被控訴人の所有に帰した日以降本件建物の賃料相当額の支払いを求めるがごときは、特約のない限り担保の趣旨に反するもの(債権者である被控訴人は利息などの二重払いをうける結果と同一になることになる)と解すべく、特約の存在を認める資料のない本件にあっては、右の如き請求はこれを認めることはできない。
七、以上説示のように被控訴人の控訴人らに対する請求は、その余の点につき判断するまでもなくすべて理由がないものとして棄却すべきところ、これと異り損害金の一部の請求を排斥したのみでその他の請求を認容した原判決は失当であり本件控訴は理由があるから民訴法三八六条により原判決中右認容部分を取消し、該部分の被控訴人の請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法九六条八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 杉山孝 判事 加藤宏 園部逸夫)